カメラバカ一代 第十六回〜第二十回の最近のブログ記事

第二十話 カメラバカ一代「デジタル革命に屈するか、対抗するか?悩みは膨らんだ」その4

2002年8月、自身の記念すべき初デジタルカメラは
パナソニック社製「LUMIX DMC-LC40」になった。
当時既にデジタルカメラは一般家庭にも普及し、フィルムカメラを凌ぐ勢いだった。
カメラのデザインもファインダーを覗くカタチから、
ライブビューと呼ばれる「モニターで確認」する撮影に変わっていった。
つまり、カメラからファインダーを取り除いたデザインになっていったのである。
様々なカメラを物色したが、
ファインダーのないデザインはどうしても受け入れられなかった。
私から見れば「LUMIX DMC-LC40」は、カメラ本来のデザインを残しているように見えた。
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レンズもLEICAの厳しい審査基準に合格したF2.0-F2.5 17mm-21mmが搭載されていた。
取り敢えず使ってみようと言うことで購入した。
標準価格6万9800円とデジタルカメラの中では以外と高かった。
有効画素数は390万画素、モニターも1.76インチ(小さーッ)と、
現在の携帯電話やスマートホンより劣るスペックだった。
しかし当時ではかなりの高画質で高精度だったと記憶している。
「とうとう電気屋のカメラを買っちゃったな・・・」と複雑な気持ちだった。

イベントや社員旅行など、主に「記録するカメラ」として、
使い続けている「フィルムカメラ」とは完全に使い分けていた。
資料提出や企画書に挿入する画像データには、フイルムデーターは不便だった。
カメラ屋にフィルムを預けてスキャンしてもらうのが面倒だった。
デジタルカメラのデーターはJPG(ジェーペグ)と呼ばれる書類形式が一般的。
100KB程度であれば十分な画像だった。鮮明でキレイな画像には驚いたが・・・
「何か物足りないな!」と感じていた。
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※静岡県賀茂郡松崎町「なまこ壁」
隅々までピントが合ってしまって、平坦な感じがする。

明らかにフィルムカメラとは違う「嫌な感じ」
「これって一体何だろう?」と、
デジタルカメラを徹底的に探求し始めることとなった。

不定期に続く・・・

Kazuo Habuka

第十九話 カメラバカ一代「デジタル革命に屈するか、対抗するか?悩みは膨らんだ」その3

CDの圧倒的な商品力と同時に普及スピードでレコード文化は終わった。あっけなかった。
しかし、自身はレコードも沢山持っているし、まだまだ楽しめると当時は思っていた。
その頃は、「レコード」「CD」「カセットテープ」といった
異なる3つのフォーマットで音楽(音源)は作られ一般市場に販売されていた。
しかし、時間の問題だった。
「レコード」と「カセットテープ」はその後市場から姿を消す。

デジタルの風はカメラ業界にも吹いた。
「デジタルカメラ」の登場であった。
属に言う「デジカメ」は三洋電機が商標登録を持っている。
正式には「デジタルスチルカメラ」と言うらしいが・・・

オーディオもそうだったが、
デジタルによって「オーディオメーカー」以外の
「電器メーカー」が参入してきた。
カメラも同じで、「光学機器メーカー」以外の
「家電メーカー」が挙って参入してきた。
レンズが作れない会社のカメラなんて・・・そう思った人は多かった。

当時、プロ用のデジタルカメラは既に発売されてていたが高額であった。
1994年、電算機メーカーのカシオがQV-10」を一般ユーザー向けに発売。
税抜きで65000円という画期的な価格も手伝って、
デジタルカメラ市場は一気に加速し始める。
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1.8型のTFT液晶カラーモニター、25万画素と、今の携帯よりもはるかに劣るスペックだった。

デジタルカメラの普及によって、カメラのあり方や写真のあり方が変わっていった。
写真は、「作品」ではなく「記録」へ、「情報」に変わっていった。
その後のWindows95の登場で、パソコンの家電化とインターネットが普及する。
その普及に連動するかのように、画像を取り込む、メールで送る時代になる。

カメラ・フィルム業界は必死だった。死活問題だった。
1996年に、APS(Advanced Photo System)規格のフィルムやカメラを導入したが、
あまり普及しなかった。完全に手遅れだった。
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APSフィルムカートリッジと最も売れたAPSカメラCanon「IXY」

大衆がフィルムに画像を写す時代が終わりを告げた。
私を含めた一部のマニアの世界でしかフィルムユーザーはいなくなった。
まだフィルムですか?は、まだレコード聴いているの?と同じ感覚を覚えた。
どちらが本物か?は現在でも明らかだが、
「デジタルがデフェクトスタンダード」であることは最早否定できない。

リバーサル・フィルムの手焼き職人がいなくなり、
その印画紙の供給も途絶えた。終わったな・・・
それなら納得するデジタルカメラを探そう!と、
キモチを切り替えることになる。
デジタルに屈したわけではないが・・・悔しい。
デジタルと対峙する関係の始まりでもあった。

不定期に続く・・・

Kazuo Habuka

第十八話 カメラバカ一代「デジタル革命に屈するか、対抗するか?悩みは膨らんだ」その2

私は高校性の時からバイトや働いたお金でこつこつオーディオを買い、
段階的にグレードアップさせてきた一人であり、
多くの若者がオーディオに夢中だった時代である。

今の世代には不思議と思われるかも知れないが、
レコード再生は、今のCD再生のようにボタン一つのようには行かなかった。
勿論、安価な簡易型のレコードプレーヤーはたくさんあったが、
それはオーディオという範疇の産物では全くない。
レコードを満足して再生するのには、いろいろ手間がかかった。
つまりお金も知識もある程度必要だった。
 
レコード盤に刻まれた原音を以下に引き出すか?が大きな課題であった。
レコードとはアクリル盤にダイアモンドの針で音源を刻む=記録して原盤が誕生する。
それが金型になり、レコード盤として拡大生産される仕組みである。
アクリル盤を刻む=カッティングする機械の殆どが
ドイツのノイマン社のカッティング・マシンだった。
当時殆どのレコードはこのマシンで作られたと言っても過言ではない。

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※上がNUEMANN SX-68、下がカッティングヘッド(針)
 
1つの溝にはステレオで音が刻まれる。
 一時期、4チャンネル方式というのもあって、
その場合には何と!1つの溝に4つの信号が刻まれたのだ。凄いね! 
その刻まれた溝に、カッティング・マシンの針の形状(円錐)に近づけた針が 
レコード盤の上に乗せられ再生するわけだ。 

これが「原音を拾う=ピックアップ」と呼ばれる語源である。
この刻んだ音を針で拾うやり方は、エジソンの蝋管蓄音機の原理と同じである。 
音が刻まれた時の状態に近づき、
原音を完璧にピックアップしたいと言うのが、オーディオマニアの願いなのだ。 

スピーカーも高額。ペアで1,000,000円オーバーが高級と呼ばれるランクだった。 
アンプも高額。マッキントッシュというブランドがあった。Appleとは関係ない。
音量や音色を調整するアンプが「プリアンプ」、
音を増幅させる(大きくする)アンプを「パワーアンプ」と呼び
二つを合計すると軽く1,000,000円近くの製品が夢だった。
普通はプリメインアンプという合体のアンプが多かった。
さらに、チューナーがついたレシーバーに人気があった。
値段も手頃で使いやすかった。

アナログ盤プレーヤーも トーンアームという
アナログ盤をトレースさせるS字型の装置も高額。

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そのアームの先に取り付ける針(カートリッジ)も高額だった。 

つまり、たった30年くらい前までは、
今の時代では想像もつかないめんどくさい所作が必要だった。
このめんどくささがマニアの心をくすぐったのは事実。 
当時の女の子にはこの辺の知識があまりなかったから、
男の子は得意そうにこのウンチクを並べたモノだ。

がしかし、CDの登場でこの拘りは過去の産物となる。
レコード再生技術は当時かなり高いレベルに達していた。
原音再生といったオーディオのGOALにあともう少しで到達する寸前でもあった。

一見簡単に思えることを徹底して極める文化があった。
マニアという言葉では片付けられない、誰もが憧れていた世界があった。
部屋で空気を揺らして聴くのが音楽と思ってきた。
レコードを集めて嵩張るのが実は嬉しかった。
CDが導入されて約3年余りで時代はCDへと、いとも簡単に移り変わった。

レコード文化は終わった。
と言うより、ここから「音楽」が「情報」に変わっていく。

不定期に続く・・・

Kazuo Habuka

第十七話 カメラバカ一代「デジタル革命に屈するか、対抗するか?悩みは膨らんだ」その1

お詫び:すっかり間を空けてしまいました。途中で終わることはありませんので・・・ 

時は'80年代、デジタルの勢いは先ず音楽からでした。

そうです。CD(コンパクト・ディスク)の登場(1982年)です。
CDフォーマットのロイヤリティ(権利)をフィリップス社が主張しない代わりに
フォーマットを全世界統一させることで各社ハードもソフトも生産されたのが大きかった。
実は、カセットテープもビデオテープもフォーマットが複数存在したことがあった。
そのため再生機が限定されてしまう状況に陥った。
皆さんご存じのビデオの「ベータ方式」「VHS方式」は記憶に新しい。

私は、中学生からレコード(以降アナログ盤と表記)を買い集め、
知らないうちに500枚近く収集していました。 
その中には'70年代の名盤中の名盤も数多く含まれる。

洋楽では
ボブ・ディラン:The Freewheelin' Bob Dylan
マービン・ゲイ:What's Going On
イーグルス:Hotel California
ドゥービーブラザース:The Captain and Me
スティーリーダン:Do It Again
レッドツェッペリン:Led Zeppelin I
ダイアナ・ロス:Ain't No Mountain High Enough
エルトン・ジョン:『僕の歌は君の歌』
ジョン・レノン:Imagine   など 

国内では
はっぴいえんど:風街ろまん
井上陽水:氷の世界
吉田拓郎:元気です。
荒井由美:ひこうき雲
尾崎亜美:瞑想
RCサクセッション:楽しい夕に
憂歌団:「憂歌団」
カルメン・マキ&OZ:カルメン・マキ&OZ
サディスティック・ミカ・バンド:黒船   など

ざーっと挙げましたが凄い時代ですね。私は聴いていただけだけど・・・ 

私達の世代は、俗に言う「ウォークマン世代」(1979年)です。
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※記念すべき「初代ウォークマン」
 今のデジタルオーディオプレーヤと比べると弁当箱位のサイズだった。

私は発売当時アルバイトでウォークマンを持って都内の地下鉄を乗りまくるPRを手伝った一人。
記憶では地下鉄のウォークマンのポスターの前で立つことなども指示されたな。
ウォークマンの音源は勿論アナログ盤からコピーしたお気に入りの曲だった。
最初に聴いた曲はキム・カーンズのBette Davis Eyesだったのを鮮明に覚えている。
ヤマハスクーターのCM曲だったと思う。

今では普通だが、「音楽を街に持ちだそう!」は画期的だったのだ。
それまでは、好きなレコードは擦り切れるくらい聴いてしまうは
当たり前だった時代。
カセットテープは勿論あったが、自宅で聴くのはやはりレコード。
カセットはFM番組を録音するのが中心だった。
ウォークマンの登場で、レコードが擦り切れることはなくなり、
同時にレンタルレコード店が全国に登場するコピー文化が発展することになる。
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※1980年に始まり1986年までがレコードが主流のレンタル市場。それ以降がCDレンタル。
 いかにCDの普及がレンタル市場を大きくしたかが分かる。

「YOU&I」とか「黎光堂」とかありましたね。「YOU&I」はピザ屋もやっていたな。 

1979年は大学3年生でした。
自分の会社を立ち上げ、狂ったように仕事をしていた時。
移動時にヘッドホンから流れる曲にどれだけ癒され、
元気をもらい、救われたか・・・ 
それから4年後「CDプレーヤー」が発表され、
世の中はあっという間にCDを受け入れた。
えっ!ノイズがなく奇麗な音質で誰もが楽しめるって、
CDって何者だ? と言うのが本音だった。
アナログ盤に命を捧げていた身としては・・・

不定期に続く・・・
 次回は「デジタル革命に屈するか、対抗するか?悩みは膨らんだ」その2
 です。お楽しみに!

Kazuo Habuka

第十六話(番外編) カメラバカ一代「My Collection:OLYMPUS OMシリーズ(レンズ後編)」

後半は一番保有している広角レンズです。


35mmレンズは今から50年くらい前の50mm全盛の時代、当時としては画期的な広角レンズとして人気があった。

現在ではこの35mmという画角はあまり人気がない。広角というより標準レンズに近い存在だからだ。

今では広角は28mmからを指すようになった。

Lumixで「アユは28mm」というキャッチフレーズがあったが・・・

35mmはさしずめ標準広角レンズとポジションしておこう。


ZUIKO AUTO-W 35mm F2

一説ではOMの中で一番使いづらいレンズらしい。特長がないと言えばそうかもしれない。

絞ると立体感がなくなるし、開放だとコントラストがあまりない。

ところが、モノクロで人物(ポートレート)を撮ってみたら

驚くほどの描写力があるで気に入ってしまった。風景には不向きかな?

まあまあ良く撮れた例をご紹介。

MTSHIRANE.jpg

※雪解けの白根山です。この時期の白根山は絶景です。使用フィルムKodak T-MAX400 絞り:F5.6


ZUIKO AUTO-SHIFT 35mm F2.8

OMシリーズの中で異彩を放つシフトレンズである。35mmの他に24mmのバージョンもある。

面白いから買ったのが一番の理由だ。高価なレンズ。

しかし、その恩恵(シフト機能)はいまだに達成されていない。

つまり、良い写真が一つも撮れていない。このレンズ扱いがかなり難しいのだ。

歪みを補正するとレンズ枠の影が入るのだ。(専門的には「けられる」という)

今は、画像処理のデータソフトでシフト補正は簡単に出来てしまう。

骨董品に近づきつつあるレンズ。


広角レンズは表現力がそれぞれ違っていて面白い。

面白いから4本も揃えてしまった。


先ずは、ZUIKO AUTO-W 28mm F2

OMシリーズの広角レンズで一番人気があるレンズ。価格も高い。

無限大のシャープさは秀逸。絶妙なコントラスト。

自分の腕が良くなったと錯覚するくらい素晴らしいレンズだ。

中古市場でもいまだに人気があるレンズ。

作例は名古屋城。凛々しい佇まいが表現されている。

NAGOYACAT.jpg

※4年ほど前に仕事で名古屋に行ったときに撮った名古屋城。城や神社仏閣はモノクロがいいね。使用フィルムKodak T-MAX400 絞り:F11

ZUIKO AUTO-W 24mm F2.8

本当はF2が欲しかったが、予算の関係でF2.8にした。価格は半分だ。

悪いレンズではないが特長がない。あまり使っていない。可哀相だが・・・


ZUIKO AUTO-W 21mm F3.5

F2よりF3.5の方が扱いやすいと言われ買った。

このレンズ実際に使ってみるとその表現力に圧倒される。

モノクロで撮った日本建築(神社仏閣)は、28mmより立体感があった。

ディストネーションもそれほど歪んでいない。気持ちよい直線が表現できる。

必ず携帯するレンズだ。

外側に引っ張られる画調だが、これだったら許せる範囲だ。

LALATOYOSU.jpg

※ららぽーと豊洲のドック風景。使用フィルムKodak T-MAX400 絞り:F16

ZUIKO AUTO-W 18mm F3.5

魚眼レンズに近い18mmの画角レンズ。レンズも大きい。

このレンズで表現する被写体が見つからない。

好奇心だけで買ったのが良くなかった。

35mmのSHIFTレンズと一緒で、骨董品に近づきつつあるレンズ。


注:ブログで掲載している写真の一部は、ポジまたはネガフィルムをデジタルスキャンしてますので多少の修正加工が施されています。


次回は自慢の?カメラ・アクセサリーをご紹介する予定です。お楽しみに!



Kazuo Habuka

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