facebookの登場でBlogが疎かになりました。

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約半年ぶりの再開です!まだまだブログは辞めませんよ。

「ネットコミュニケーションの未来」

このブログは、弊社のホームページ内のブログなので、
仕事関係の方や業界関係者の方もご覧になることもあるため、
今やっている仕事内容やビジネスのヒントのなるような
戦略視点などは書くことが出来ません。
と言うより、そういう場ではないと判断して今後も継続する所存です。
現在SNS、twitter、facebookなどがあり、コメントを掲載したり、
対話したりすることで、思いがけない友人達と接触ができる時代になりました。「使い分け」という意味で選んでいられる方も多いいと思いますが、
私の場合は「棲み分け」だと思うんです。SNS、twitter、facebookに関して、
本名を使わないにしても、一人の個性が「その場」に関わって
「棲んでいるいる」ことには変わりません。
お伝えしたいのはネチケット(ネット上のマナー)という言葉がありますが、
利用する側の「理性」や「配慮」に欠けるケースも多く見受けられます。
Google+も登場して、さらにこう言ったアプリケーションが進化
していくでしょいう。
利用する側の「理性」や「配慮」も同時に進化していかないと、
せっかくの新しいコミュニケーション手段として発展しなくなる可能性も
あると思うのです。
今のところ、自分にとってはfacebookが棲みやすい場所になっている。
スマートフォンの普及も大きな原動力だろう。
写真の掲載、記事のシェア、出身学校の接触など、
良く出来ているなと感心する。
600人近く友達が出来たが、
実際にはアクティブな友人は30人くらいだろう。でもそれでいい。

「革新的な人材の枯渇は化石燃料の枯渇より悲劇を生む」

私の最も尊敬していた「立川談志」家元が亡くなられました。
3年ほど前から病状が良くないことは知ってましたが、
以外と家元はしぶとく生きていくんだ!と勝手に思っていましたが
残念な結果となりました。
「革新的」という言葉が広告のキャッチフレーズのように多く
使われるようになり、「革新的」という言葉自体の重みがなくなり、
インパクトがなくなりましたが、
家元の落語には「革新的」な「古典落語に対する挑戦」があったのです。
革新者=ビジョナリーという解釈もありますが、
異端的、妄想的、創造的な思想や発想こそが
「革新的」たる由縁だと思うのです。
今、世界的に貧困化しているのは「革新的な人材」ではないかと思うのです。
ジョブズや家元が亡くなって、
ビジョナリーが消えたのでは思う今日この頃です。
自由な発想を育てる環境を我々大人達が協力して再生させないと、
保守的で「利口ぶった」一見正しく見える人間がはびこる
世の中になるのだけは避けたい。
朝青龍がいない大相撲は魅力がなくなった。
勝新太郎がいない映画界は毒がなくなった。
標準化していくことは国家・経営者にとって管理するには理想かも知れない。
しかし、未来を考えれば新しさが生まれにくい世の中になっていく。

Kazuo Habuka

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このブログ記事について

このページは、東京エンジンBlogが2011年12月18日 09:27に書いたブログ記事です。

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