2011年5月アーカイブ

3年前に83歳で他界した父は、
生涯を通じて「ジョージ・オーウェル」を研究し続けた
英米文学研究者の一人だった。

ジョージ・オーウェルは20世紀にイギリスが生んだ
最高の作家・ジャーナリストと言われている。
 私が幼いときに「動物農場」(原題:Animal Farm)のストーリーを
良く話してくれた。
分からないなりにも、
「偏ったイデオロギーが猛進する怖さ」を何となく感じ取った。
「動物農場」は、第二次世界大戦集結の二日後の1945年8月17日に刊行された、
当時のスターリン主義やナチズムなどへの批判や警鐘を込めた
「大人の童話」である。

動物を虫けらのように管理し、
反抗分子を次々と処刑する「人間」を動物たちが一丸となって追い出し、
動物たちの手によるユートピアを建設する。 
ここまでは「民主主義こそ理想」であるかのように思った。
しかし、そのユートピアも長く続かなかった。
動物たちの間においてもヒエラルキーが生まれ、
嘗て人間がやっていた粛清が始まる。
動物たちが作ったユートピア憲法(十戒)は徐々に書き換えられ、
全体主義〜恐怖政治が始まるのだ。
動物のトップに立ち、スターリンさながらの絶対的な権力をもったのが
雄豚「ナポレオン」であった・・・と、
そんなストーリーである。是非読んで下さいね。→ここ
アニメのANIMAL FARM(1954年英国制作)は、
「スタジオジブリ」の協力で映画館で上映していました。
宮崎駿さんは長編アニメ映画の手本として、
この作品をリスペクトしているのは有名。

私は大学生の時に初めて、
ジョージ・オーウェルの「一九八四年」を読んで興奮し感銘した。
1948年の4と8を入れ替えた「アナグラム」の1984年は、全体主義国家により、
あらゆる人間性を監視し背けば収監し矯正する、
近未来社会の絶望的な圧政を描いた反ユートピア(ディストピア)小説である。→ここ

ソ連をモデルにしたと思われる
「スターリン」と「トロツキズム」の模倣(偉大な兄弟:ビッグブラザー)
テレビと監視カメラが一体になった「テレスクリーン」による、
国家が情報を管理し統制をはかっていく
「プロパガンダ型の網羅的システム」を、
ジョージ・オーウェルは鋭く緻密に且つ批判的に描いている。
もちろん村上春樹の「1Q84」は、
「一九八四年」にインスパイアされた作品。
現代のマスコミに見られる「決めつける」
「余儀なくさせる」
「安易に風評を創造」するなど・・・ 
こんな時代をジョージ・オーウェルは危惧していたのだ。

ジョージ・オーウェルの作品には経験しなければ
描くことが出来ないリアリティと感情があった。
1936年末にPOUM義勇軍(マルクス主義者統一労働党)に 
アラゴン戦線分遣隊に伍長として参加し戦ったオーウェルは、
反ファシズム勢力内部での欺瞞に憤慨したことが作家活動の原点となった。
動乱のスペインとソビエトの政治体制の支配力に晒された自身の経験から、
オーウェルは、あらゆる人間性を剥奪し、
蹂躙した不毛の権力機構への批判を先鋭化したと言われている。
私は、市民の生活・信条・生命に深く影響力を持つ
「デストピア」という反ユートピアの存在を「一九八四年」で知り、
その警鐘が全く活かされていない時代に生きている気がするのだ。
「一九八四年」は、マイケル・ラドフォード監督により
1985年映画化されたので是非レンタルして観て下さい。
原作を読んでからの方がいいです。誤解します。→ここ

また巨匠リドリー・スコットが『1984』を映像化したアップル社のCMは有名。→ここ
この年ジョージ・オーウェルをトリビュートし大規模な
「インターナショナル・プロジェクト」があった。
パリ〜ニューヨークを同時衛星中継した番組『
グッド・モーニング・ミスター・オーウェル』が放映された。
このプロジェクトは故ナム・ジュン・パイク(韓国の前衛映像芸術家)が
中心となって、坂本龍一、ローリー・アンダーソン、ジョン・ケージ、
アレン・ギンズバーグ、ヨーゼフ・ボイス、ピーター・ゲイブリエル等の
個性的なパフォーマンスを持つ現代の奇才たちが
オーウェルに敬意を表して集まった。
多分、NHK教育だったと思うが、1984年の年末に編集版を放送した。
私は機会があってノーカット版を観た。
とても刺激的だったのを覚えている。(VTR持っていますよ)
『グッド・モーニング・ミスター・オーウェル』は
愛知県文化情報センターのアートライブラリー内で閲覧できるそうです。
(未確認です)
ジョージ・オーウェルの存在や主張が
いかに様々な人々に影響を与えてきたかが分かる。

私は父が以外にも「シニカル」な見識を持っていたり、
「ジャーナリスティック」な視点を抱いていたことを知って嬉しかった。
「シニカル」はシェークスピアに始まるイギリスジョークだった。
父は「ウイット」に富んだ人だった。
「ウイット」は笑いの最高峰と言っていた。
「ジョーク」はブラックが多い。ブラックがあるからジョークには幅が広い。
「ウイット」は人間性が表れるから私も好きである。
父の「ジャーナリスティック」な視点は
ジョージ・オーウェルを研究した成果であったのだと思う。
「イデオロギー」に対しては無口だった父だったが、
父なりの「平和意識」を強く持っていた。
他界する寸前まで、もうろうとする中でも「童謡」を口ずさんでいた。
「夕焼け小焼け」は特に好きだった。
人間の「自由」や「夢」「喜怒哀楽」を奪う権力を嫌っていたと思う。
だからこそ、私には自由に生きて欲しかったのだと思った。

現在の我々の社会は、資本主義という「経済学の発明品」が
地球上を覆い尽くした結末なのか?
それとも全てのイデオロギーに勝利した最強と言われる
「自由主義または民主主義の限界」なのか?
多分「人類の進化と発展の最終地」に我々は確実に向かっているのだと思う。

我々は、今回の「大震災が語るメッセージ」を
どう受け止めるかが「未来」ではないか。

いまこそ「豊かさとは何か?」「自由とは何か?」を考える上で、
我々はジョージ・オーウェルが残してきたものをもう一度目にする必要がある。
ジョージ・オーウェルが「原発」を知っていたならばこう語っただろう、

「科学技術は本当に人間を幸せにしてきたのだろうか?」と・・・


Kazuo Habuka

第二十一話 カメラバカ一代「デジタルカメラの急激な進化と写真文化の共生」その1

不満を持ちながら「LUMIX DMC-LC40」は活躍した。
しかし、自分にとって「銀塩カメラ」が主流であることを
全く疑おうとしなかった。
EPSN1089.jpg
※機械式シャッターの最高峰 Leica MP

当然持ち歩くカメラはレンジファインダーのLeica M4、MP、M7だった。
それは時間とお金をかけ、知識も備えながらこつこつ揃えてきた
「ライカMマウント」の歴史的銘レンズがあるからだった。
装填するフィルムはリバーサル。KODAKのE100Gがお気に入りだった。
私はすっかり、ライカのボディとレンズの哲学と
その魔力に圧倒されてしまった。
愛機OLYMPUS OMシリーズの出番も徐々に減少していった。

自分の中では「所詮デジタルはデジタル」のはずだったが、
2002年「キヤノン EOS-1Ds」の登場で一気にその認識が変化する。

とうとう出ちゃったな・・・って感じだった。
images.jpegcanon-eos-1ds-dslr.jpeg
35mmフルサイズのセンサーを搭載したこのフラッグシップモデルは、

多くのプロカメラマンやマニアが評価し手にしたモデルだった。

再現性・表現力共に素晴らしかったが

大きなボディとあまりの高額(50,0000円-60,0000円)が難点だった。

レンジファインダーのデジタルはないのか?とふと思っていたら、

2004年、あのEPSONから「R-D1」という画期的な

世界初デジタル・レンジファインダーカメラが登場した。

rd11.jpg
カメラの設計はコシナが担当しフォクトレンダーBESSAの技術がつぎ込まれた。

どうしよう?ライカMマウントの交換レンズが使える・・・
同時にライカ社でもデジタル・レンジファインダーの開発中のニュース。
発売は未定だったが、びっくりするくらい高いのだろうと思った。

カタログを眺めたり、カメラショーに行ったり、店員と話したりと
EPSON「R-D1」への思い(購入前提)は1年以上続いた。
ボディだけでも280,000円位するし・・・

2006年のある日、EPSON「R-D1」は「R-D1s」へ
マイナーチェンジされ発売されるというニュースが入った。

「もう我慢の限界!」と言うことで購入を決定した。

スペック的には35mmフルサイズのセンサーではありませんが、

実用的には何も遜色ない性能で扱いやすかったな。
P1000537.jpg
※ノスタルジックな雰囲気のボディ。これでデジタル!
P1000544.jpg
メーター類もアナログチックでCOOL!
フィルムではないのにチャージレバーがオシャレです。

一年以上うなされていた病が治った感じだった。スッキリした。
この頃から技術も進歩し、デジタル特有の弱点が解消しつつあった。
アナログの透明感や微睡むようなボケが再現できるようになったのだ。
確実にデジタルは「進化」していた。それも想像以上に速いペースで・・・

しかし、ホットしたのもつかの間、
「R-D1s」購入して半年も経たないうちに衝撃的なニュースが飛び込んできた。

不定期に続く・・・




Kazuo Habuka

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