国家戦略がない状態で起きた大災害。これからが勝負だ。

東北関東大震災の被害が日増しに明らかになってきた。

広告業界においても、今回の大震災の影響(打撃)は避けられない。
仕事の関係で、
「阪神淡路大震災」と
「新潟県中越地震」と今回の大震災を比較してみた。

1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災は、
発生の2週間後の2月2日に震災被害の全容が判明している。
東京では3月20日に「サリン事件」が発生したこともあり、
関心がそちらの方に偏った記憶がある。
実際、事件ななった築地駅の近くに会社があったことから、
周辺の話題は「サリン事件」に集中した。
震災の半年後にはJR、私鉄全線が復旧している。
ルミナリエは震災の鎮魂を込めて行われた。
「がんばろう神戸」のスローガンで関西は一丸となった。
オリックスブルーウェーブは
この年からパリーブ連覇を成し遂げる。

2004年の10月23日に発生した新潟県中越地震は、
約2ヶ月余りで関越道、全ての鉄道が復旧している。
復興のスローガンは「元気だしていこー!新潟」だった。
被害の大きかった山古志村が注目された。
山古志村は翌年平成の大合併で長岡市に編入。
平原綾香の「ジュピター」が復興ソングとして定着した。
「長岡まつり」が復興のシンボルイベントとして日本中が注目した。

分かったことは、
今回の東北関東大震災の被災規模の全容が解明していないこと、
(特に不明者が現在でも1万人以上いる)
地震と津波による「福島第1原発事故」の被害がかなり深刻で
その放射能汚染が進行中であること、
被災規模が余りにも広域に拡がっているため
存命の被災者・避難者への救援(物資)が十分にできていないこと、
避難施設で亡くなるお年寄りや患者が増えてきている。
終息の道は未だに見えていないのが事実だ。
現段階で被害総額が25兆円を超える意見も出ている。

景気が低迷していた時期に起きた未曾有の大災害。
震災後に起きる様々な事態に東奔西走する国家、自治体、企業。
今、出来る人が、出来ることを、出来る限りやることが最優先だが、
これからの日本を導くしっかりした国家戦略を早く提示して欲しい。
国家の生命が懸かっている・・・

Kazuo Habuka

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このページは、東京エンジンBlogが2011年3月25日 19:43に書いたブログ記事です。

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