2011年3月アーカイブ

第十九話 カメラバカ一代「デジタル革命に屈するか、対抗するか?悩みは膨らんだ」その3

CDの圧倒的な商品力と同時に普及スピードでレコード文化は終わった。あっけなかった。
しかし、自身はレコードも沢山持っているし、まだまだ楽しめると当時は思っていた。
その頃は、「レコード」「CD」「カセットテープ」といった
異なる3つのフォーマットで音楽(音源)は作られ一般市場に販売されていた。
しかし、時間の問題だった。
「レコード」と「カセットテープ」はその後市場から姿を消す。

デジタルの風はカメラ業界にも吹いた。
「デジタルカメラ」の登場であった。
属に言う「デジカメ」は三洋電機が商標登録を持っている。
正式には「デジタルスチルカメラ」と言うらしいが・・・

オーディオもそうだったが、
デジタルによって「オーディオメーカー」以外の
「電器メーカー」が参入してきた。
カメラも同じで、「光学機器メーカー」以外の
「家電メーカー」が挙って参入してきた。
レンズが作れない会社のカメラなんて・・・そう思った人は多かった。

当時、プロ用のデジタルカメラは既に発売されてていたが高額であった。
1994年、電算機メーカーのカシオがQV-10」を一般ユーザー向けに発売。
税抜きで65000円という画期的な価格も手伝って、
デジタルカメラ市場は一気に加速し始める。
imgres.jpeg
1.8型のTFT液晶カラーモニター、25万画素と、今の携帯よりもはるかに劣るスペックだった。

デジタルカメラの普及によって、カメラのあり方や写真のあり方が変わっていった。
写真は、「作品」ではなく「記録」へ、「情報」に変わっていった。
その後のWindows95の登場で、パソコンの家電化とインターネットが普及する。
その普及に連動するかのように、画像を取り込む、メールで送る時代になる。

カメラ・フィルム業界は必死だった。死活問題だった。
1996年に、APS(Advanced Photo System)規格のフィルムやカメラを導入したが、
あまり普及しなかった。完全に手遅れだった。
imgres-1.jpegixy.jpeg

APSフィルムカートリッジと最も売れたAPSカメラCanon「IXY」

大衆がフィルムに画像を写す時代が終わりを告げた。
私を含めた一部のマニアの世界でしかフィルムユーザーはいなくなった。
まだフィルムですか?は、まだレコード聴いているの?と同じ感覚を覚えた。
どちらが本物か?は現在でも明らかだが、
「デジタルがデフェクトスタンダード」であることは最早否定できない。

リバーサル・フィルムの手焼き職人がいなくなり、
その印画紙の供給も途絶えた。終わったな・・・
それなら納得するデジタルカメラを探そう!と、
キモチを切り替えることになる。
デジタルに屈したわけではないが・・・悔しい。
デジタルと対峙する関係の始まりでもあった。

不定期に続く・・・

Kazuo Habuka

東北関東大震災の被害が日増しに明らかになってきた。

広告業界においても、今回の大震災の影響(打撃)は避けられない。
仕事の関係で、
「阪神淡路大震災」と
「新潟県中越地震」と今回の大震災を比較してみた。

1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災は、
発生の2週間後の2月2日に震災被害の全容が判明している。
東京では3月20日に「サリン事件」が発生したこともあり、
関心がそちらの方に偏った記憶がある。
実際、事件ななった築地駅の近くに会社があったことから、
周辺の話題は「サリン事件」に集中した。
震災の半年後にはJR、私鉄全線が復旧している。
ルミナリエは震災の鎮魂を込めて行われた。
「がんばろう神戸」のスローガンで関西は一丸となった。
オリックスブルーウェーブは
この年からパリーブ連覇を成し遂げる。

2004年の10月23日に発生した新潟県中越地震は、
約2ヶ月余りで関越道、全ての鉄道が復旧している。
復興のスローガンは「元気だしていこー!新潟」だった。
被害の大きかった山古志村が注目された。
山古志村は翌年平成の大合併で長岡市に編入。
平原綾香の「ジュピター」が復興ソングとして定着した。
「長岡まつり」が復興のシンボルイベントとして日本中が注目した。

分かったことは、
今回の東北関東大震災の被災規模の全容が解明していないこと、
(特に不明者が現在でも1万人以上いる)
地震と津波による「福島第1原発事故」の被害がかなり深刻で
その放射能汚染が進行中であること、
被災規模が余りにも広域に拡がっているため
存命の被災者・避難者への救援(物資)が十分にできていないこと、
避難施設で亡くなるお年寄りや患者が増えてきている。
終息の道は未だに見えていないのが事実だ。
現段階で被害総額が25兆円を超える意見も出ている。

景気が低迷していた時期に起きた未曾有の大災害。
震災後に起きる様々な事態に東奔西走する国家、自治体、企業。
今、出来る人が、出来ることを、出来る限りやることが最優先だが、
これからの日本を導くしっかりした国家戦略を早く提示して欲しい。
国家の生命が懸かっている・・・

Kazuo Habuka

原発事故には風評が生まれやすい。

昔、電発(原発、水力、火力、風力など)の広報の仕事を手伝ったことがあります。
私は、所管の人々が世間に対して秘密を隠す傾向はなかったと思う一人です。
それより、マスコミの不勉強さが強く感じます。
東電からも幾つか福島原発の広報資料が入手できます。
スタジオに学者を呼び自由に発言させるのも良いですが、
正しい理解は先ず発信者(放送事業体)からです。
福島第一原子力発電所第3号機/
平成22年度定期事業者検査実施結果報告所のなかに
3号機には、ウラン・プルトニウム混合酸化物燃料が
装備されていることが書かれています。

ここをご参照下さい。

福島第1原発3号炉の燃料にプルサーマル(MOX燃料)を使用している事が、
多分、今デリケートな問題なんだと思います。
隠している訳では無いけど、プルトニウムが変にメディアで先走るのは嫌です。
正しい判断には勉強しかありません。
難しいけど、原発と共に生きる国であることを深く理解し、
他人行儀に風評を生むような意見は語るなかれ。ですッ!

Kazuo Habuka

東京消防隊の総隊長ら3人の記者会見があった。

震災の翌日から福島原発の対策が始まっていた。
実践に向けての念入りな計画と演習が明かされた。
しかし、実際に現地に出向くと、津波の被害の大きさに阻まれた。
自分等を侵す放射能の危険性と国民の生命の保守との狭間で、
隊員達の必死さが伝わり涙が出た。
彼らは克つ!日本人は克つ!と確信した。
いろいろ国を批判的に見たり 発言したりしたけど、
この国は最後の砦に立つ人々は 本当に凄いサムライばかりだ。
だから日本は素晴らしい国なんだと 改めて思った。
世界一責任感を持ったプロ達が 今、東北関東大震災に集結しているのだ。

Kazuo Habuka

The New York TimesのHPからの東北関東大震災前後の比較写真です。

想像を絶する津波のエネルギーだ。原発施設にかなりの被害があったんだね。

こちらをどうぞ!

Kazuo Habuka


原発と共に生きる国民のひとりとして理解しようッ!

ちょっと難しいかも知れないが、知ることも防御であると思う。
昔、原発施設の広報の仕事をしました。
原発はハイリスク・ハイリターンのエネルギーであるが、
ローリスクにしていくために、技術力も必要ですが、正しい知識も必要です。

ご参考に見て下さい。
ここです!


Kazuo Habuka

多くの尊い人命が失われた。
自然災害の圧倒的なエネルギーと無情さを感じざるを得ない。

NHKの番組に出ていた地震学者が無念の胸の内を吐露していた。
「自然はいつも人の弱点につけ込む」と。

津波による大きな被害が出た「南三陸町」は
高さ約10メートルに及ぶ頑強な防波堤で守られた街だった。

自然に恵まれた日本が、 その自然の驚異にさらされる結果となった。
今回の東北関東大震災を受けて、
自然に逆らう開発にはブレーキがかかるだろう。

原子力エネルギーに頼る日本。
ヨーロッパでもフランス、スペインを除き、
多くの国で「チェルノブイル原発事故」以来、
新しい原発はつくられていない。

日本も当分原発をつくることはないだろう。

今始まった節電がさらに省エネ、
太陽エネルギーや地熱エネルギーなどの
自然エネルギーとの共生に拍車がかかる。

失われた尊い人命を無駄にしない、
新しい日本モデルを世界に向けて発信するときが来た。

Kazuo Habuka

僕は少なくとも世の中に役立つと思って、 広告業界を34年生きて来た。

新しい価値、見失われた価値、普遍的価値を いかに可視化させるかだった。 
現在、経済はデフレとなり
価格偏重主義に落ち入り 
売れればイイ 
注目されればイイと言った
単純明快型のマーケットになった。
小泉竹中による「失われた10年」
「リーマンショック」
「デフレスパイラル」
新卒者を代表とする「雇用の悪化・不安定」
「新興国の目覚ましい勢い」に圧倒される
新政府が生まれては強まる 「政治不信」の負のサイクル。
そんな「閉塞感」から むしろ最近では「あきらめ感」に似た 虚しさが漂う中で、
今回の東北関東大震災が発生した。

考えると、
地震発生までのプロローグが 十分すぎる位に出来上がっていた気がした。
ある著名なコピーライターの先生と話したら、 同じ意見で意気投合した。
今の時代は 「誰がリセットボタンを押すか?」といった、
モラトリアム時代なのではないか?だった。

石原都知事が不用意にも「天罰」と言ったが、
正に誰もリセットボタンを押せない 消極的(事なかれ主義)な風潮の中で
東北関東大地震が起きたのだ。

これをリセットと感じ、
新しい日本再生のリスタートに向け、
同じ鉄を踏まない日本再生のシナリオを 政治家でもなく、財界人でもなく、
国民ひとりひとりが描くことだ。

もちろんコンセプトは 『日本らしさとは何か?』である。

Kazuo Habuka

落ち着いて行動しよう。日本はまだ元気だ。

現在、様々な情報を入手することは簡単です 。
私の携帯にも不安を煽る悪質なチェーンメールが頻繁に入ります。
政府の友人とか、原発の職員の知人からとか色々です。
しかし、入手した情報の信憑性や公益性を考えて下さい。
災害には必ず流言や卑語が多く出まわります。
それによって大衆が多く扇動され、風評が作られます。
民放の悪戯な演出報道にはうんざりです。 

悪い「日本らしさ」はこうしたマスコミ報道が庶民を扇動させ
日本を戦争に導いた過去があります。 
良い「日本らしさは」個人の利益より集団の利益を重んじ、
規律正しい責任ある行動をとる「チームプレー」です。 
政府やNHKの報道に対して懐疑的になるなら、
どこか他の国に行くべきでしょう。 
未曾有の今回の地震をいかに対峙して、
これからのそれぞれの人生にどう活かしていくか? 
つまり、これが自分の歴史観になるのです。
大切にこの体験を後世に繋げて行きましょう。

友人から紹介されたサイトです。 是非一読を!

日本はひとりぼっちじゃない。勇気が湧いた。

オイルショックを体験している世代としては、

節約ムードはこんなもんじゃなかった。

銀座からネオンが消えたし、夜は11:00を過ぎるとテレビが消えた。

もっと日本は節電ができる。

電車だって、どうにか満員電車を我慢すれば、支障はない。

スーパーも明る過ぎたのだ。見たくもないテレビも多過ぎたのだ。

過剰便利競争はこれを機会に辞めよう。

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知人から節電運動のポスターサイトを紹介してもらいました。

先ずは節電から始めよう。頑張れば一日100円以上のボランティアになります。

クルマも不必要な利用は差し控えましょう。


Kazuo Habuka

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