2010年8月アーカイブ

第十二話 カメラバカ一代「カメラへの熱意後退と愛機「OM-1」の異変。」 

  大学3年の時に始めた会社が忙しくなり、カメラどころの騒ぎではなくなった。

その会社は制作した自主映画がきっかけで、

映画の制作・企画・プロモーションの仕事を手伝っていた。

私にとって、現在まで30年以上携わるマーケティング・ビジネスに

多大なる影響を与えた最初の師匠の出会いもこの頃だった。
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※八丁堀「南高橋」は震災で損害を受けた隅田川の「両国橋」の一部を移築して作られた。


当時コピー(複写)は高価で、特別な理由がない限りなかなか出来なかった。

勉強するため、時々その師匠の企画書をお借りした。

読むだけではなかった。徹夜で全て書き写した。半端な枚数ではなかった。

毎日会議に出ては議事録を書かされ、終わると師匠の企画書のリライトをやった。

気がついたら右手の中指に「ペンだこ」が出来ていた。

その後「ペンだこ」対策で「ぺんてるのサインペン」を活用することになる。

鉛筆より筆圧がかからない。インクなので書き間違えない正確さが自然と身についた。

太さも3種類使い分けた。パソコンのフォントで言う「極太G」「中太G」「細G」のようなものだ。

必要な資料は国会図書館に度々足を運んでは片っ端から書き写した。

コピーした写真や資料はハサミやカッターで丁寧切って企画書に貼り付けた。

サイズが合わなくて結局使えない資料もたくさんあった。

これらの苦労で字が上手くなり、辞書を引くスピードが速くなり、デザインやレイアウトも様になった。


この下積み時代があったからこそ、とても小さかったも知れないが

「肥えた畑」を手に入れることができたのだと思う。


今だったら(オヤジ臭い言い方が・・・)、

パソコンで簡単に見た目にはキレイな書類や企画書が作れるし、辞書・事典を片手に作業する必要もない。

資料もインターネットで直ぐに検索できるし、写真だって自由に選べるし貼り付けられる。

しかもカラー、動画だってある。今や普通になったが進歩したな・・・

一見便利に見えるが、

こうした技術革新によって、本来経験すべき基礎的な苦労体験がないことが、

近い将来待ち構えている「大きな難局」に苦労させられる結果となる。事実だ。

字が下手だ、企画に内容がない、資料が一般的すぎる、どのプランも同じように見える・・・等々

私は今でも辞書を片手に企画書を作成することが多い。

提出ぎりぎりまで手書きで構想を練る。これがないとリズムが出ない。

必要な写真はカメラ片手にロケハンに行って撮影する。

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※草津温泉「湯畑」にて筆者

時代を元に戻そう。

あるキャンペーンの仕事で、大学の文化祭の資料を作るためにカメラ片手に東大の五月祭に行った。

と、その時だった。愛機「OM-1」のファインダーに異変を気付いたのは・・・

プリズムにカビ?のような異物が付着しているではないか!

1年以上ご無沙汰していたのは確かだった。

幸い露出計は動いていたが、このカビの存在は許容範囲ではなかった。

気になる!あーっ気になる!どうしよう!

カメラ屋に持って行ったら、分解、オーバーホール、プリズム交換で3万円位すると言われた。

ガーン!

この時期の私にとって3万円はバカ高かった。

会社を始めてまだ半年ぐらいで利益も出ず、私費を投じて数人のアルバイト代を支払っていた頃。

「知らなかった事にしよう・・・」

この日から「ローライ35TE」がメインカメラとなった。傷モノの女を捨てる無情なプレイボーイみたいだ。

この「知らなかった事にしよう」が後々の悲劇を大きくするとはその時全く思わなかった・・・

不定期に続く・・・



Kazuo Habuka

今年ほど暑さに苛まれる夏はなかった気がします。

温暖化という指摘もありますが、
多分年齢が増すにつれ暑さが堪えるに違いないと感じております。

しかし、こんな暑い夏って今まであったのだろうか?

夜間の最低気温が摂氏25度以上のこと「熱帯夜」、

日最高気温が30℃以上の日を「真夏日」、

35℃以上の日を「猛暑日」と気象庁では定義している。

今年はそれぞれの記録が更新されるのは間違いない。

日本はもはや「熱帯化」したのだと確信した。


最近、「冷やしラーメン」という表示が街のあちらこちらで目にします。

「冷やし中華」のことかと思っていたが全く別のもので驚きました。

面白いのが「冷やしシャンプー」。発祥は山形県だそうです。

シャンプーを冷蔵庫に入れてキンキンに冷やしたり、

かき氷を使ったりと様々な工夫を施しているようです。

暑いうちに一度試してみようと思っています。


先日、今話題の埼玉県上長瀞にある「阿佐美冷蔵」に行ってきました。


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阿佐美冷蔵は明治23年創業以来、純粋製法を守り続けている日本唯一の「天然氷の蔵元」です。

その天然の氷を切り出して使った「かき氷」は言葉を失うくらい絶品でした。

天然の氷は夏日の気温に負けないくらい「生命力」があります。つまり解けにくい。


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外で食べれば500円です。お店に入るにはかなり待たないと・・・店には、特製シロップがあるそうです。600円。


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数種類の特製シロップを自由にかけて堪能できます。白桃とイチゴが美味しかった。練乳もかけ放題です。


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お客さんは老若男女問わず、みんな童心にかえってはしゃいでました。


ところで、企画という仕事は一年365日冷静でなければ勤まりません。

冷静に課題を受け止めることこそがプロとしての責任でもあり心得と思っております。

お急ぎの仕事、長丁場の仕事いろいろありますが、

「瞬間の冷静さ」によって生まれる新しい視点やアイデアが必ずあると確信しております。

まだまだ残暑が厳しいと思いますが、

是非「冷やしエンジン」をお試し下さい。

Kazuo Habuka

それはNHK朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」を生で観るためだ。

「ゲゲゲの女房」は毎日面白く拝見させてもらっている。

「ゲゲゲ」から放送時間が15分早い8:00になったが、起きて観る価値は十分ある連続小説である。

舞台が昭和であり、私の幼少期から現在に至るまで、物語が完全にオーバーラップしてしまうのだ。

水木先生のご自宅(スタジオ)がある「調布」やロケ地の「深大寺」は私のホームグラウンドでもある。

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※調布市「深大寺」本堂


辛うじて私は「紙芝居」を体験できた最後の世代。

祖母が北千住に住んでいて、近くの神社に行って「紙芝居」を堪能した。

「水飴」を買って白くなるまで割り箸で一生懸命こねくり回すのだ。

早く白くなった子どもにはおじさんからご褒美があった。

と言っても、水飴につける「せんべい」だったけど嬉しかったな。見たのは「黄金バット」だったかな・・・


水木しげるとの出会いは「悪魔くん」のテレビ放映だった。テレビで知ってからマンガを読み始めたケースである。

私は「河童の三平」が意外と好きだった。

東京生まれの私にとって、三平の舞台である自然に包まれた田舎の風景は、

夢を見ている錯覚を覚え、次第にマンガの中に自分自身が引き込まれる不思議なストーリーだった。


「鉄腕アトム」「鉄人28号」「巨人の星」「あしたのジョー」「ハリスの旋風」・・・

「少年サンデー」「少年マガジン」「ぼくら」「冒険王」など、マンガ全盛期だった。

そんな中で「ゲゲゲの鬼太郎」は際だって独創性があった。

妖怪とか怪獣はみんな好きだったが、主人公が妖怪なのは実に面白い。

生前巨匠「手塚治虫」が唯一超えられないマンガ家は「水木しげる」と言ってたそうだ。

創造だけではあのキャラクター(妖怪)は考えられない。水木さんは見てきたに違いない・・・

手塚の「どろろ」は出版社からの強い要請で、水木に対抗する「妖怪モノ」を描いたのは有名なエピソードだ。

私が学生企業を立ち上げたときの話し。

当時、東映芸能ビデオの副社長か専務だった「渡邊亮徳(よしのり)」さんから

「墓場の鬼太郎」が「ゲゲゲの鬼太郎」になったエピソードを聞いた。

事務所が東映芸能ビデオの会議室の隣の炊事場を借りていたので時々お茶を出したりしていた。

「亮徳」さんはとても気さくな人で昔話をよくしてくれた。

みんな「リョウトク」さんと呼んでいたな。懐かしい。


「ゲゲゲの女房」も後半に突入した。

出演している役者たちも熱演している。

「向井理」くんは凄いね。本人になりきっている。

「松下奈緒」さんはちょっとキレイすぎないか?最初は心配していたが、田舎くさい感じがいい。

私の尊敬する俳優「柄本明」さんのご子息「柄本佑」くんが不思議なキャラクターを発揮している。

「月刊漫画ガロ」、ドラマでは「ゼダ」という設定になっているが、

編集長役の村上弘明さんがアンチ資本主義を漂わせる硬派を上手く演じている。


しかし、役者の熱演以上に「ゲゲゲの女房」成功の要因は、

何と言っても「水木しげる」ご本人も「布美枝」夫人も今もなおご健在なことである


ずっと長生きして欲しい!

Kazuo Habuka

それは国民の二人に一人が飲んでいる「スーパードライ」をさらに美味しく飲む方法だった。

「EXTRA COLD BAR」は、銀座一丁目のカバンの名店「銀盛堂」の跡地に誕生した。

「銀盛堂」は今では人気の「RIMOWA」をいち早く扱ってきた店だった。

イタリア直輸入の革製品も秀逸なブランドで溢れていたっけ・・・残念!

さて「EXTRA COLD BAR」とは何か?最近良くテレビや雑誌で取り上げられているが・・・

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外看板にはビールの温度を示すデジタル表示が輝く。

外は長蛇の列だった。待つこと約1時間余り・・・体中の水分が欠乏してきた。

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店内はスタンドバー形式。気さくな店員が元気よく対応してくれた。

「EXTRA COLD 」がやってきた。

見たことがないくらい「透き通った色」そして「きめ細かい泡」。

−2℃の未体験をいざ賞味。

「・・・」言葉になりません。うますぎるぞー!

もともとキレのいいスーパードライがさらにキレまくる。

「氷点下のビールが一気に喉を通過する感じ」がたまらない。

かけつけ2杯は当たり前だった。

メニューもなかなか工夫されていて飽きないね。

8月31日までの限定展開です。気になった方は是非是非!

Kazuo Habuka

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