2010年7月アーカイブ

最近、街の蕎麦屋に行くとアジア圏の方ををよく見かける。その食べ方も様々だね。

温かい蕎麦はそのまま箸を使って食べればよいが、

「ざるそば」とかになると、「蕎麦」と「つゆ」、「薬味」が別々になっている。

蕎麦の正しい食べ方があるかと言えばないと思う。

大切なのは、自分は「これが一番美味しい」と思えばそれで良い。

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※ちちぶ「田中屋」舞茸天せいろ(秩父産舞茸天ぷら、田舎せいろ大盛り)

私の場合江戸っ子なので、藪に代表される「濃くてしょっぱい」そばつゆが大好きである。

実際かなり塩っ辛い。

つゆというより、付け汁に近いかも知れない。

関西圏の人の多くはこの「濃いつゆ」を「醤油」と間違えるくらいだ。

そこで、「濃くてしょっぱい」そばつゆを美味しく頂く私の流儀をご紹介する。

そばつゆを蕎麦受けの中に五分目くらい入れる。

その中に刻みネギを少々入れる。

その時、わさびは絶対に入れない。これが重要である。

もともと濃いつゆにわさびを溶かし込んだら、さらに辛くなる。

いよいよ、そばを箸でお迎えに行きたいところだが、ここがポイント!

わさびを少々箸でつまんで、そのまま蕎麦をお迎えに行くのだ。少しコツがいるかも知れない。

さて、問題のそばつゆに蕎麦を浸けるのだが、たっぷりつけてはいけない。塩っ辛いから・・・

蕎麦全体の3分1くらいをそばつゆに浸けたら、空かさず上からお口で迎えに行くのだ。

食感はこんな感じだ。

口に入った瞬間、わさびのツーンとした辛さの後で訪れる「かすかな甘み」と

そば粉の独特の風味が見事に融合する瞬間を楽しんで欲しい。

その柔らかな風味を堪能しながら蕎麦をすするのだ。

ちょっと浸けたそばつゆがここで「生きる」のだ。

舌で鼻で楽しみ、最後は喉ごしで楽しむ。

わさびの量を上手く使って最後まで食べましょう。足りなくなったら注文すればよい。

残ったそばつゆにそば湯を入れて最後の余韻に浸ろう。

最後は自分自身が浸かりに行くのだ。

落語では

「死ぬめい(前)に一度でいいから藪のつゆをたっぷり浸けて喰いたかった・・・」とあるが

それを「今までやせ我慢をしていた」と言う説と、

死が迫っていても「そんな暴挙はやるわけがないと」の説もある。

後者の方が江戸っ子らしいと私は思う。

あーっ、蕎麦が食べたくなってきた。この季節「柚子切り」が旨い!

Kazuo Habuka

第十一話 「カメラバカ一代が深みにはまっていく外国製カメラとの出会い。」

しばらくポッカリ空いてしまいましたが、「カメラバカ一代」の再開です。

大学に入ってから映画作りに没頭していたが、カメラへの熱が冷めていたわけではない。

OLYMPUS OM-1でかなり満足していた。

バイトで金が入ればレンズ購入し、既に8本くらい持っていた。※現在12本所有

モノクロ・フィルムであれば現像からプリントまで完璧に出来る領域まで達していたのだ。


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※隅田川「勝ち鬨橋」(築地と月島をつなぐ)国の重要文化財(建造物)に指定された。1970年を最後に橋の跳開はされていない。

母の実兄は、戦後しばらくカメラ店を経営していた。

私がカメラに夢中であることを知って、物置から中古の引き延ばし機を引っ張り出して譲ってくれた。

型番は忘れたが、LUCKY社製の引き延ばし機だった。

全体的にはかなり錆びていて使い込んだ感じだった。

レンズは高価なものがセットされていたと記憶している。

実際、趣味ではなく商売で活躍していた引き延ばし機だったから言うまでもないが・・・

私は中学生の時写真部に在籍していたので、知識も技術もまったく問題はなかったが、

自宅で写真屋まがいのプリントをするのは別問題だった。

水回りの問題や、現像液、停止液や定着液の臭いなど、

自宅の部屋で行うにはそれなりの覚悟と両親の説得が必要だった。

遮光するのも大変で、夜間でも光が結構入ってくるので苦労した。

初めて自宅でプリントした作品?は製作中の自主映画の記録写真だった。

「趣味は直ぐに青天井になる」という言葉は事実だった。

大学4年の時に、初めて購入した外国製カメラが「ローライ35TE」だった。

本当は「ライカ」を買いたかったが、とても高くて手に入らなかった。

「ローライ」は「ライカ」と双璧のドイツのカメラメーカーである。

「ローライ」は二眼レフカメラのパイオニア的存在。

二眼レフとは上からファインダーを覗くカメラである。

対して「ライカ」は高精度のレンジファインダー(二重像合致式)カメラのパイオニアである。

「ローライ35TE」にはテッサーと呼ばれる40mm F3.5の銘レンズを搭載していた。

ローライ35シリーズは歴史的にも絶賛されたコンパクトカメラである。

同モデルでゾナーHTF40mm F2.8と呼ばれる明るいレンズを搭載した

「ローライ35SE」という若干割高のモデルもあったが、

予算の関係で「ローライ35TE」に決めた。

ピントは目測。露出計が組み込まれていた。

ユニークで独創的、しかも可愛いらしいデザインで今でも人気がある。

銀座の三共カメラで9万円位で買ったと記憶している。

ブラックモデルでコンディションも極上、自慢の一品だった。

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※レンズが収納された状態
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※レンズが引き出された状態
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※この大きさで35mmフルサイズが撮影できる

ピントが決まったときの密度の濃いシャープさやコントラストの美しさは

自慢のOM-1とは全く別の雰囲気があり、実際にプリントして見たときはちょっと悔しかったな。

「ローライ35TE」は海外旅行に持って行っても注目された。

「いつかはライカを・・・」という情念が、私の物欲の中心に誕生した瞬間でもあった。

ローライは現在でもたまに持ち出して世間の空気にさらしている。現役バリバリである。


不定期に続く・・・

Kazuo Habuka

あの「ミュンヘンの奇跡」を演じた「中村祐造」さんが68歳の若さで亡くなった。悲しい。

私も中学校から高校までオリンピックを目指してバレーボールをやっていた。

だからこそ、憧れもし尊敬する先輩がいなくなったことを身をもって痛感する。

中村祐造さんとほぼ同期だった世界一の名セッター「猫田勝敏」さんも1983年39歳の若さで、

2000年には名センタープレーヤー「南将之」さんも58歳で他界した。

自分はポジションがセッターだったので猫田さんの死は涙が枯れるほど泣きまくった。

三人は全盛時、新日鐵のキャプテンが「中村祐造」(1942年生まれ)、

日本専売公社のキャプテンが「猫田勝敏」(1944年生まれ)、

旭化成のキャプテンが「南将之」(1941年生まれ)だった。

中村祐造さんと言えば渾身のドライブサーブと熱血漢溢れるプレー、

南将之さんは日本人離れした大きな体格とチームを引っ張るパフォーマンス

猫田勝敏さんは「世界バレーボール20世紀の最優秀賞特別賞」受賞した偉人だった。

1972年ミュンヘン大会での「ブルガリア戦」は決して忘れない。

ブルガリアに2セットを先取され窮地に追い込まれた日本は

3セットの舞台に、東京オリンピックから出場しているベテラン・メンバーを送り込む。

中村が弾丸サーブをお見舞いする。南が世界一のフェイントで相手を揺さぶる。

猫田のセットワークはエンジン全開で「キレ」を増していく。身体が震えた。奇跡が起こった。

準決勝だったが「金メダル獲得以上の死闘」だったのを鮮明に覚えている。

リアルタイムで観戦したどんなスポーツドラマより記憶が鮮やかに蘇るのはこの三人の雄姿である。

ご冥福をお祈りします。

三人は天国で再会し「世界一素敵なベテラントリオ」を復活するに違いない。

また日本にとって大切な人が早く逝ってしまった。

Kazuo Habuka

歴史的な大記録もタイ記録も、横綱「白鵬」にとっては単なる通過点か?

「尾張名古屋は城で持つ」ではなく、「終わり名古屋は、白(鵬)で持つ」になった。

「白鵬一人舞台」で「名古屋場所強行開催」の面目は守られたと言えるのかな?

弱い「力士」を責めるより、強くしなくちゃいけない側の「親方」の責任が重大である。

理事選挙だ、年寄株だ、席用意しなくちゃ、ハンデはどうなっている?など、

「土俵の鬼」にならなきゃいけない親方は「稽古」より他のことの方が忙しかったみたいだ。

私は「協会再建」など全く関心がない。強い力士を育てる「環境再建」が急務だと思う。

若い力士の才能を見出し、開花させることしか、相撲人気を復活させる方法はない。

Kazuo Habuka

理由は明らかである。中継がないから緊迫感が伝わらない。結果を知っても想像力が湧かないからだ。

ここぞという取り組みは中継にかじりついて観るのが習慣だった。

会社のテレビで見れなくても、家電店やケータイで見てきた。

今回の名古屋場所は以前お伝えした「大相撲携帯サイト」の速報で結果を知るのが最も早い方法になった。

白鵬が突っ走っているようだが・・・

やはり、幕下の取り組みからじっくり観戦して、その日の雰囲気を掴む事が出来ない以上、

力士や取り組みに対するコメントを残すことは控えた方が良いと思った。

自分なりの今の大相撲に対する厳しい抗議(叱咤)と受け取って頂きたい。

Kazuo Habuka

暁のサッカー観戦は年老いた身体には悪いけど、呆れた国政選挙より「元気」と「勇気」をもらったね。

スペインの中盤からゴールに至るまでの「素早く正確で華麗なパス」は

FCバルセロナの監督だった元オランダ代表「ヨハン・クライフ」が築いたと言われる。

2010ワールドカップ・スペイン代表の多くがこのFCバルセロナに在籍していることを考えると

長いワールドカップの歴史の中で一度も対戦しなかった古豪との決勝戦は、何か因縁を感じざるを得ない。

サッカーの神様がいるとすれば、クライフの目指したサッカーを証明するための大会だったのかも知れない。

面白いワールドカップだった。日本も頑張った。僕も朝まで頑張って観た。

みなさんご苦労様でした。もうすぐ梅雨が明け、本格的な夏になる。

相撲と比べたらサッカーは詳しい方ではないが、今回の民放の中継は酷かったな。

ワールドカップでさえもバラエティに仕立て、低俗に演出してしまうのは現在の民放の「実力」である。

グループリーグでは

「NHK(地デジ・BS)」「日本テレビ」「フジテレビ」「テレビ朝日」「TBS」「テレビ東京」が

それぞれの試合を生中継した。

※因みに、スカパーは全試合である。三位決定戦はスカパーでしか生中継は見れない。

その中で、日本vsカメルーンは「NHK」、

オランダvs日本は「テレビ朝日」、

決勝トーナメント出場を決めた、デンマークvs日本は「日本テレビ」の3社だった。

眠い目をこすりながら、日本戦は全試合生中継に釘付けになり観戦した。他の試合もなるべく観た。

そこで感じたことがあった。各社番組の演出や技量が異なることだった。

オリンピックでも同じ光景だが、ワールドカップの中継は、番組作りに顕著な差があったと思う。

特に決勝トーナメントに入ってからの中継にはそれを感じざるを得なかった。

パラグアイvs日本、アルゼンチンvsドイツは、素晴らしい試合に水を差すほどに酷かった。

中継担当は「TBS」だった。

ゲームに集中できないくらいの「煩わしい実況」に絶えられなかった。

試合前やハーフタイムのゲスト演出はしょうがないにしても、

生中継という「一期一会」の緊迫感と臨場感が阻害される「うざい実況」には腹が立った。

「TBS」は亀田親子の一件で煮え湯を飲まされたはずなのに、また「同じ轍を踏む」結果になった。

不的確表現・不適切な説明・不適任なアナウンサーだった。

あまりに酷かったので、私は音声を消して、NHKラジオ(AM)中継を聞きながらの観戦に切り替えた。

しかし、問題があった。

地上波デジタルの中継は、ラジオ中継に若干ディレイ(遅れる)するのだ。

つまり、ラジオの方がテレビより中継が早く到達するのだ。(我が家はJ-COMを通じて視聴している環境)

ラジオが先に展開を届け、映像がやや遅れて表示するみたいな「ドップラー現象」になってしまったのだ。

それでもTBSの実況を聞こうと思わなかった。

この2試合全てがNHKだったら・・・そう思った人は私だけではないと思う。

実況アナウンサーを批判しているのではない。番組を制作したTBSのセンスを疑っているのだ。

幸い「オランダ対スペイン」の中継はNHKだった。

予定では7月11日(日)26:00〜30:00 NHK教育となっている。

NHKの実況は素晴らしい。試合の「素」が伝わってくる。

料理で言えば、素材の良さを引き出す「日本食」のような調理方法だ。

「何も足さず」「何も加えない」そんな妙技を感じるのだ。

何故そう思ったか?

私はラジオが好きである。「耳文化の残党」だからだ。

長風呂にはラジオが欠かせない。それもテレビの音声を聞くことが多い。

テレビの音声を聞きながら想像するのが実に面白いのだ。

テレビの音声は、ラジオ以上にちゃんと伝わる放送もある。それがスポーツ中継なのだ。

今問題山積の大相撲もテレビの音声を風呂で聞いている。無駄な実況(説明)がないぶん「素」が伝わる。

今回のサッカー中継もそうだった。

NHKの実況は遙か遠くの南アフリカのピッチで起きている「素」がしっかり伝わった。

NHKのアナウンサーは「素」晴らしいんだなと改めて思った。

7月11日は風呂には入らず、テレビに釘付けになる。

自分が生きている間にきっと「日本が決勝のピッチに立つ夢」を抱きながら・・・

どっちが勝っても新しい歴史が刻まれ、私はその目撃者となる。

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※浅草浅草寺「四万六千日」ほおずき市より

・ 外部有識者で構成する賭博問題特別調査委員会のメンバーが発表になった。

奥島孝康(日本高校野球連盟会長)▽山本浩(法政大教授、元NHK解説委員)

▽木暮浩明(日本合気道協会前理事長)=以上協会推薦

▽渡辺美樹(飲食店チェーン・ワタミ会長)▽中島隆信(経済学者)▽前田雅英(刑法学者)

▽森まゆみ(ノンフィクション作家)▽深沢直之(元日本弁護士連合会民事介入暴力対策委員長)

▽岡本浩一(心理学者)▽新田一郎(東京大教授、相撲部部長)▽菅原哲朗(前日本スポーツ法学会長)

何でまた「渡辺美樹」がいるんだよぉ?・・・どういうこと?

はい、整いました!(Wコロン風)

「大相撲不祥事」とかけて「渡辺美樹」と解きます。

そのこたえは?

「断髪式」には欠かせないでしょう。はぶっちでした。お後がよろしいようで・・・

Kazuo Habuka

7月7日相撲協会は幕内優勝力士に対するすべての表彰を辞退することを発表した。

国技の象徴である「天皇賜杯」の贈呈を自粛するほか、

「内閣総理大臣杯」を含めた外部からの杯、賞状などすべての表彰を辞退すると発表した。

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国技としての資質を問われている時だけに、表彰式前の「君が代」はどうなるのか?

ここまで自粛ムードだと、「優勝旗」の授与だけになるのかな?

国技館入り口正面に飾ってある杯や賞状はどのようにこれから見せるのかな?

「三賞」だって記者投票だからこれも扱いが難しくなったね。

優勝力士の写真はどうなるのかな?これも毎日新聞がスポンサーで贈呈するんだけど・・・

あまりにも形式的で「無理矢理開催」の顛末は、無事千秋楽を迎えられるのか?心配!

Kazuo Habuka

NHKが名古屋場所を中継しない結論を出したのは英断だった。

それより「中継しない」+「お客少ない」+「取り組み少ない」+「暫定の番付」といった環境で

優勝した力士に「賜杯」(天皇賜杯とも言う)や「総理大臣杯」などが気持ちよく贈れるのか?

大関「魁皇」の幕内勝ち星や横綱「白鵬」の連続全勝優勝など名誉な記録が確実に刻まれるのだ。

ぎりぎりまで開催を検討し模索し、強行開催に踏み込んだ背景は何だったんだろう?

様々な状況を鑑みれば、「中止」ではなく「延期」という方法もあった。

初入幕の「臥牙丸」や初三役の小結「栃ノ心」や「白馬」は本当にかわいそうだ。

待ち望んだ晴れの舞台が協会の「仕切りの悪さ」に汚れた。

力士に偉そうに「両手がついていない」「気合いがない」「待ったが多い」など注文する資格など無い。

名古屋場所は本当に「終わり名古屋」に向かっている。

Kazuo Habuka

決まり手は「トカゲのしっぽ切り」。多分何も変わらない。

「猿芝居」のような処分された親方や力士たちの「ポーズの謝罪」。

「なんで反省するんだ!」と言わんばかりの態度が見え見えだったね。

「反省猿」の方がよっぽど「謙虚」み見えてくる。

外部から理事を起用するなら、もっと新鮮でこれからの相撲界へのメッセージが伝わる人選もあったはずだ。

理事長代理の村山さんは言わば身内である。もっとスポーツエンターテイメントへの理解者を選ぶべきだった。

野球賭博だっただけに「プロ野球界」からは招聘出来なかったのかな?

名古屋場所は史上最低の場所になった。優勝しても価値がない。

「ポーズの謝罪」を受けた「ポーズの場所」であるのは間違いない。あー残念だ。

こんな状況にもかかわらず、NHKは約4〜5億円と言われる放映権料を相撲協会に支払うのかな?

Kazuo Habuka

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