2009年7月アーカイブ

46年ぶりの国内皆既日食ツアー観測記

昨年あるカメラメーカーの「皆既日食ツアー」キャンペーンに応募したところ見事当選しました。
国内で46年ぶりの観測できる皆既日食とあって大騒ぎとなりました。
私が当選したツアーは、国内で皆既日食が観測できる北端に位置する種子島「前之浜海浜公園」が舞台です。
北端の皆既日食時間は約1分30秒程度で、中央に位置する「悪石島」はなんと6分間。
そのためか悪石島には海外も含め多くの観光客が訪れました。
はやる気持ちを抑えながら、新たに望遠レンズや皆既日食の本を購入したり、観測用の折りたたみ椅子を探したりと、
世紀の天体ショーに熱い思いを寄せる毎日でした。
出発の1週間くらい前から様々なメディアで皆既日食が取り上げられるようになったので、
弊社の社員も含め関心が高くなってました。全国的には衆議院解散がニュースのトップを飾っていたし、
こんな不景気な時に「皆既日食」なんてロマンチックなニュースに世間は関心がないようでしたが、
テレビの力は大きいんだなと思いました。日食グラスなるものが飛ぶように売れ、在庫がなくなる過熱ぶりでした。
キャンペーン事務局から正式な案内をもらってから飛行機の予約を・・・とのんびりしていたら、
7月20日からの鹿児島行きの予約がなかなか取れない!慌てて様々な航空会社のサイトを調べてようやく
スカイネットアジア航空の往復のチケットを入手しました。

「皆既日食ツアー」の概要はこんな感じです。

7月21日 鹿児島港で集合
     鹿児島〜種子島行き 「トッピー」水中翼船
     種子島市内観光〜昼食
     ホテル ミーティング
     観測シミュレーション(屋外で撮影機材のテスト)
     夕食

7月22日 4:00起床
     5:00集合 ホテル〜前之浜海浜公園向け バス移動
     7:00到着 前之浜海浜公園
     8:00   スタンバイ
    9:37:43   第1接触(食の始め)
   10:57:57   第2接触(皆既の始め)
  
10:58:48   食の最大
   10:59:39   第3接触(皆既の終り)
   12:23:11   第4接触(食の終り)
     宴会(夕食)

7月23日 種子島港で解散
     種子島から鹿児島行き 「トッピー」水中翼船

といったスケジュールでした。

私は7月20日に鹿児島市に入り、天文館という鹿児島最大の繁華街に宿をとりました。
「天文館」の由来は江戸時代、第25代薩摩藩主:島津重豪が、天文観測や暦を研究する明時館(当時)を建設したとされるらしい。
その後、明時館が俗称で「天文館」と呼ばれるようになったそうです。皆既日食に願かけて天文館なのだ。

翌日、集合場所である鹿児島港「トッピー」乗り場には多くの観光客が集まってました。
天候は良いとは言えず、桜島も厚い雲で覆われていました。
不吉な予感!天気予報も前線が南下して西日本荒天の予想でした。
名札とチケットをもらって「トッピー」に乗船。
天候が悪いので船からの景色は撮りませんでした。(と言うより爆睡しました)
約1時間くらいで種子島港に到着。種子島の天候は予想に反してピーカンでした。
明日に備え、近くの公園で撮影機材のシミュレーションを行い。後は天候を祈るだけ・・・

翌朝3:30に目が覚め、
ホテルから外を眺めると雨は降っていませんでしたが、
星が見えないので不安は高まるばかり・・・

そんな不安を抱いたまま一堂バスに乗車し目的地の前之浜海浜公園向け出発。
バスで約1時間くらいなので休憩所で一服。波荒い!

前之浜海浜公園に到着。公園には多数のクルマが集結しています。

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テントは見かけなかったけどその瞬間を見ようと人が集まってきています。小雨が降っているのでバスで一時待機。
少し雨も上がってきたので、観測地点に移動することになりました。

A・B・C・Dの4班に分かれ、養生シートが貼ってある砂浜でセッティング開始。
相変わらず天候は悪いけど、各々撮影機材を組み立ててスタンバイ!
機材が濡れないようにビニール袋やビーチパラソルが配られました。
雨対策か・・・私は雨なんか予期していなかったので傘もレインコートも持ってきていません。

雨が強くなりスタッフに傘はお借りしました・・・
9:37:43の第1接触のカウントダウンが始まりますが、雲で太陽の方向も分かりません。
あらかじめ予測されている方向にレンズを向けていますが、写るのは雲です(涙)

可愛い女の子が犬と散歩しているのが微笑ましかったな・・・
全員が諦めかけていた10:20頃、上空にUFO?らしき物体を発見!
見える人と見えない人がいて大騒ぎ、黒い点のような物体が浮遊しているじゃありませんか。
私はUFOでも日食でも撮ってやろうとファインダーを確認した時です、うっすら太陽の存在を確認できたのです。

「日食だ!」あたりの緊張感が一気に高まり観測状態がピークになりました。
薄ぼんやりした実像はピントが合わせにくく、皆が戸惑うばかり。
私は長年の勘を頼りに「ピント」「画角」「絞り」「シャッタースピード」など
順列組み合わせしながら撮りまくりました。
その間多分30秒くらいかな?「うまく撮れたのか・・・」
確認したところボーッとは写っていたので良いことにしました。

月ではありません!太陽です。部分日食です。

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やがて10:58:48食の最大を迎え、あたりは闇に・・・方々で歓喜の声と拍手が聞こえます。犬がうるさかったな。
もう一台の固定カメラで暗くなる様子を撮りました。(証拠です)

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あっという間に辺りは真っ暗闇になりました。

皆既日食が撮れなくても、皆既日食現象は撮れたし、その場に立ち会えたことで一応の満足感はありました。
その後も太陽が少し見えた瞬間もありましたが、12:30ごろをもって観測終了となりました。
あーっ、おなかが空いた・・・
その夜はツアーのお別れパーティーでしたが、「残念会」みたいな雰囲気。
歴史的な記念すべき撮影が翻弄された憎き天候を肴に美味しいお酒を飲んでいました。
みんな友達も出来たし、至って元気でしたよ。
天候には見放されたけど私はジャンケン大会で
なんと!「記念ボールペン」と「一万円の旅行券」をゲットしました。
部屋に戻ってテレビを見たら、悪天候で皆既日食が出来なくなった「悪石島」の模様が映し出されていました。
テント村への避難指示で観光客が体育館へ逃げ込む風景・・・

翌日は悲しいかな最高の天気となりました。
種子島から鹿児島港までの景色は最高で、桜島もご覧のようにくっきり見えました。(こんなもんだね!人生は・・・)
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鹿児島港に到着した後、ツアーで仲良くなった友人らと、
タクシー運ちゃん推薦のラーメン店「豚とろ」に直行!かなり美味しかった。餃子も最高!

その足で桜島が一望できる城山公園に行きました。桜島が一望できたのは幸運でした。

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今まで仕事で2回鹿児島には来たけど、桜島全景が拝めたのは今回初めてです。

勢い余って
「それじゃ桜島に上陸しよう!」と言うことになりフェリーに乗ることに・・・
運行料金150円!まさに渡し船ですね。景色も最高!
桜島には掛け流しの「足湯」があるとのことで、一堂GO!
桜島の噴火を見ながら足湯とは贅沢だな・・・
ドッカーン!<
この日は旅の締めくくりと言うことで、鹿児島と言えば「黒豚」です。
そこで黒豚しゃぶしゃぶへ・・・そば湯を使った美味しいしゃぶしゃぶを堪能し爆睡しました。

鹿児島を離れる前に西郷どんに会いに行きました。上野よりずーっと立派でゴンス。
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鹿児島は観光のメッカで至る所に幕末の史跡があります。
「篤姫」で高橋英樹が演じていた島津斉彬の城である「鶴丸城跡」に足を運びました。

現在城内は博物館など公的な建物で構成されているが、
城壁は見事な構えです。

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駅前には「若き薩摩藩士の群像」と言うモニュメントがありました。
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江戸時代末期に国禁を犯して海外留学を果たし、日本の近代化のために尽力した薩摩藩士17人を讃えた銅像です。

雨も少し強くなってきたので鹿児島空港に向かうことにしました。
46年に一度のチャンスはやや残念なところも多かったけど、東京から鹿児島〜種子島と渡り、素晴らしい自然と風土、
そして新しい友人と出会えたこのツアーは一生忘れない思い出になりました。
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これはお土産で購入した、種子島・屋久島の皆既日食を記念した地元の人気焼酎の6本セットです。(11.000円でした)
今回のツアーを約1年以上前から計画したスタッフ、さらにオヤジ連中を嫌がらず対応した随行スタッフに感謝!!!
Kazuo Habuka

今から10年前、1999年は新千年紀(ミレニアム)として世界中盛り上がってましたね。

キリスト教ではない私としては、2001年が21世紀だから2000年はその前哨戦的な捉え方をしてました。

「ミレニアム婚」だとか「ミレニアム・べービー」だとか、新世紀到来を記念にしようと商売にも熱が入っていたのを記憶しています。

マツダから「ミレーニア」なんてクルマが発売されましたっけ。

かつての予言本の代表格「ノストラダムスの大予言」は全くの大外れでしたね。外れてホットした人も多かったんじゃないかな。

「2000年問題」というコンピュータ時代の難題(弱点)が騒がれましたが、意外とその障害や影響はありませんでしたね。

そう言えば「ミレニアム打線」という世紀末に巨費を投じたジャイアンツがぶっちぎりのリーグ優勝、

そして日本一になったのもこの年でしたね。

「長嶋巨人」対「王ホークス」の壮絶な闘いはまさに世紀末に相応しい日本シリーズだった。

ペナントレース中に、高橋由伸、松井秀喜、清原和博、江藤智、D・マルチネス、仁志敏久などの

強力打線が放ったホームランの合計は153本でした。ちなみに松井は42本も打っている。

2004年はもっと破壊的な打線になりました。

仁志敏久、高橋由伸、T・ローズ、R・ペタジーニ、小久保裕紀、阿部慎之助の合計ホームラン数は、なんと206本です!

今のジャイアンツとは違って、大味な野球を目指していたんだね。4番打者で打順を組んでいる。

さて本題ですが、そんな1999年から10年経ち、世界は日本はどう変わったか?という話しです。

当時世紀末的な嫌なムードもありましたが、俗に言う「21世紀=輝ける未来」を現実に迎えた我々は、

期待を大きく膨らましていたはずでした。しかし、振り返ってみるとこの10年何かが大きく変わってしまった気がするのです。

1999年に小渕総理が急逝し、森内閣が発足、そもそも人気や評判が悪かった上に

「神の国」発言が決定的となり2000年に衆議院解散(神の国解散)となった。

小沢一郎:自由党は22議席を獲得。その後2003年に菅直人:民主党に合流し2大政党に発展する。

2000年にはアメリカでブッシュが、ロシア共和国ではプーチンが大統領になった。

2001年は自民党総裁選挙で下馬評を覆し、小泉純一郎が新総裁となり「小泉内閣」が発足し、

2005年政治生命をかけた「郵政民営化」を押し進め「郵政選挙」と呼ばれる暴挙に走った。

郵政民営化にYESかNOかを選挙で決める、日本の歴史的に見ても破廉恥な劇場型選挙となった。

世間では反対する声が大きかったようにみえたが、反して自民党の圧勝(3分2議席獲得)に終わった。

アメリカではブッシュ政権後2001年9月11日「同時多発テロ」が発生し、約3000人の尊い命が奪われた。

同年これがきっかけとなり、テロ組織「タリバン」または「アルカイダ」が潜伏または拠点とするアフガニスタンへの侵攻が始まる。
この侵攻に関しては未だに釈然としていない意見が多い。

国連決議による国連軍ではなく「集団的自衛権」の発動と言った論理でアメリカを中心とした同盟国が参加した。

この勢いで2003年にイラクに対してもアメリカが主体となり侵攻し、当時の大統領フセインを捉え裁判によって処刑した。

侵攻の大義だった核兵器の痕跡は全くなかった。(でっち上げ戦争とも言われている)

同時に我が国に於いても「集団的自衛権」の解釈が話題となり「テロ対策特別措置法」や「インド洋派遣(給油)」などが、

与党の3分2の議席によって衆議院で強行採決された。

2006年小泉政権を引き継ぐかたちで安部晋三内閣が誕生し、

「美しい国づくり内閣」と称し、自由民主党結党以来の念願である憲法改正論議が活発になったが民意は得られず、

景気の鈍化、特に「社会保険庁問題」や2007年に行われた「21回参議院選挙」の大敗が命取りとなり、

退陣というより自ら病気を理由に幕を引いた。

その後2007年に福田内閣、2008年に麻生内閣と僅か3年未満で3人の総理が入れ替わる異例の事態となった。

小泉純一郎を含め4人連続で世襲議員が総理総裁になったことになる。

「野党が過半数を占める参議院」対「与党が3分2の衆議院」のぶつかり合い(ねじれ国会)で国会は度々空転したが、

伝家の宝刀「衆議院での議決権」を頻繁も行使し、法案(特別措置法が多い)や予算決定を繰り返してきたのは周知の如くである。

環境問題もこの10年深刻化してきた。

1997年に京都で行われた「第3回気候変動枠組条約締約国会議」で議決された「京都議定書」によって、

温暖化の深刻さが注目された。CO2の削減といった人類にとって共通の課題を突きつけられたかたちだ。

しかし、自国の経済発展と環境問題はなかなかシンクロしない。

同じ頃TOYOTAプリウスが登場。「21世紀に間に合いました。」はとても素直で勇気と期待を感じさせるコピーだったな。

「チームマイナス6%」を掲げ、小池環境庁長官が浴衣を着て打ち水パフォーマンスをやってましたね。

ところが、CO2の排出数値はどんどん増えて行ってるんですよ。

一般市民のCO2家庭排出は全体で11%程度と言われている。残りは産業・発電・やインフラ(輸送)となっている。

我々人類は繁栄という大義のためにかつては戦争を行い、現在は地球の寿命そのものを自ら縮めている気がしてならない。

「国家」対「国家」、「民族」対「民族」から「人類」対「地球」と言った戦いになってしまっている。

人類はどんなことがあっても、地球の身方である。地球を身方にする発想こそが未来を築くと思う。

便利なことは良いこと。

儲けることは資本主義にとっては良いこと。

競争原理で成長することも良いこと。

スピードが速くなることで目的到達時間が短縮されることも良いこと。

どこでも電話はメール、ゲームが出来ることも良いこと。

100円でハンバーグが食べれるのも良いこと。

ジーンズが980円で買えるのも良いこと。

安い発泡酒でビール感覚が楽しめるのも良いこと。

結婚しないで自由気ままに生活することも良いこと。

タバコやアルコールの規制で嗜好品による身体への害が減って長生きすることは良いこと。

日本産の食品が安全と思われることは良いこと・・・って本当に良いことかな?って最近思います。

良いことの裏側に大切なモノを犠牲にすることって多いんじゃないかな。

良いことの反面見逃したり踏み潰してきたりしていることも多い気がする。

良いと思ってなんとなく進むことは危険です。途中で止まって見極める勇気が必要。限りある資源そして限りある生命の地球、

そんなに便利になってどこへ行くのか?決まってるじゃありませんか、地獄です。

ある仕事で生物絶滅危惧種や生物多様性について少し勉強しました

。見失うくらいの小さな動物がいることが、生態系にとって大切な存在であるということ。

民主主義だからと言って少数意見を排除し多数意見に偏重したり、

巨大資本の会社が市場を席巻することは、生物学的にとっても危険です。

つまり動物だけが絶滅危惧種ではないということです。人類も同じで生物多様性を重んじるべきです。

近年我が国に於いても、大切(貴重)な人格や個性、主張が絶滅しかけているような気がしてなりません。

あまりにも凄いことが立て続けに起きた10年でしたが。私にとってこの10年は「人間が急ぎすぎている」印象が強いです。

じっくり時代や時間を味わったり鑑みたりすることが大切な気がします。(じっくりとは「だらだら」ではありません)

じっくり見たり、聞いたり、触れたりすることで、本質に迫って来たのが我々人類ではないでしょうか?

ある番組で竹中平蔵氏がこんな時代になってもまだ、「イノベーションこそが経済を発展させる核になる」と言ってました。

この10年間、人々がデフェクトスタンダードやらイノベーションやらに翻弄されて疲れてしまったのに、まだイノベーションなんですかね?

さて、2009年8月30日に衆議院総選挙が行われます。

じっくり日本、世界、そして地球の未来を見つめ、これからの輝く10年を託す政権を選択をしましょう。

Kazuo Habuka

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