2008年8月アーカイブ

中学校の2年の時に親父から貰った「カメラ」がきっかけでその魅力にはまっていきました。

片思いの女の子を撮りたくて夢中でシャッターを押しましたね。全くもって動機が不純です。

正に今で言うところのストーカーです。相手に好きだと告白できない切なさを「写真」という形で表現するしかなかったのです。

これは純粋に美しい!写真を渡した時「ありがとう!」と言われた瞬間は忘れません。

自分勝手に「私も好きよ!」って聞こえました。

そして高校1年の夏にオリンパスの「M−1」と言う一眼レフ(歴史的名機)を購入しました。(その後OM-1に名称を変更しています)

夏休みの全てを中野のこんにゃく屋で働き、稼いだお金を全てつぎ込みました。多分10万ぐらい使ったと記憶しています。

ボディとレンズ2本を購入しましたが、半年後に井の頭公園で水没させてしまいました。

無念!それでも卒業アルバムには私が撮った写真が数多く使われています。

その後写真に飽きたらず進んだのが「映画」でした。親父の8mmカメラを借りてクラスで映画を作りました。

8mmと言ってもフィルムです。8mmビデオ自体もうマーケットにありませんが、

この8mmはムービーフィルムの16mmを半分に切断して使った方式のことです。

参考:8mmフィルムの種類

写真の35mmフィルムも元々は映画用の35mmフィルムを使っていたのをご存じですか?

かの有名な「ライカ」の創設者:オスカー・バルナックさんの歴史的な発明によってコンパクトカメラが誕生したのです。

それまでの写真は大きな銀塩版を使っていたので持ち運びが不便でした。集合写真などでカメラマンが布の覆いに入って撮るヤツです。

映画作りは高校の文化祭に向けて、クラスメイトと一緒になって一生懸命創りました。

脚本・音楽全てがオリジナルです!

創った映画はハチャメチャで到底自慢できる作品ではなかったけれど、上映会は満員札止めの大盛況でした。

「怪傑ガイコツメガネ」という、かぶり物+オールロケ15分作品。現在でも私は「かぶり物」が大好きなんですが、

「ゴリラマスク」を被った悪者を「ガイコツマスク」を被ったヒーローが戦うIQの低い映画でした。

この役者が近眼なのでメガネをかけたため「ガイコツメガネ」になったのが経緯です。

Kazuo Habuka

僕が小学校6年の時(1969年)に歴史的なロックフェス「ウッドストック」が行われ50万人近い若者達が集まった。

翌年1970年にはビートルズが事実上の解散をし、ジャニス・ジョップリンやジミ・ヘンドリックスらも相次いでドラッグで死去。

新しい音楽への大きな変化が音楽界にあって、僕らの世代はみんな音楽に目覚めたのでした。

そうです!70年代のミュージックシーンの誕生でした。

その幕開けは解散したビートルズの「レット・イット・ビー」が世界的に大ヒット!

僕の場合は「ロック」ではなく「ソウル(R&B)」でした。ビートルズは僕らのお兄さんのグループだったので、

それに反発したのかも知れません。当時は黒人音楽って呼んでましたね。FMや進駐軍放送(FEN)を聴き入ってました。

ウイルソン・ピケット、オーティス・レディングは衝撃的でした。黒人特有の体臭が伝わってきそうなパワーでしたね。

マービン・ゲイ、スモーキー・ロビンソンはモダンでメロディが素晴らしかった。

モータウンはサビのフレーズを繰り返すことで、気持ちが高揚するサウンドだったな。

ビートルズの名曲「プリーズ・ミスター・ポストマン」や「マネー・マネー」はモータウンのカバーだったのを後で知ってびっくりしました。

モータウン・サウンドを知りたい方は、「永遠のモータウン」と言う映画がありますので是非!!

そして好きな音楽を聴くにはオーディオは不可欠で、

特にエアチェック(ラジオから録音すること)にはステレオ・カセットが重要な道具でしたね。

最長で片面45分が限界でしたが、無理して片面60分のテープを使ってレコーダーに絡まって修理に出したこともあったな。

レコードを買うお金がないので、FM番組と睨めっこしてタイミング良くスイッチを押したものです。

オーディオ歴はかれこれ40年にもなりますね。今会社に持ち込んであるシステムは、

私が生まれた1957年製の英国QUAD社の真空管アンプ(AD22+llと言う名機です)を現役で使っています。


素直で柔らかくていい音ですよ。
秋葉原のラジオデパートでストック用に英国GE社製の真空管を買い貯めしてありますのでこの先当分大丈夫です。
最近忙しくてゆっくり音楽を聴く機会がありませんが、お気に入りのアナログレコードを上手に丁寧に聴いています。
ご来社したらお聴かせ致します♪
Kazuo Habuka

私は、はっきり言って多趣味・多芸の典型的な人間です。よく言えば「多感」、悪く言えば「欲望の塊」になります。

多趣味は幾らお金があっても足りません。底なしです。借金地獄です。

地獄と引き替えに「瞬間の悦楽」を手にしているみたいなものです。バカな人間かも知れませんが止められません。

そんな自分が実は好きで幸せです。

私の趣味の始まりは、小学校3年の時の「切手収集」からでした。

持っている切手の相場が上がっていくのを見てはウキウキしてました。

ケネディ・スタンプ・クラブというのがあって、

少年サンデー、少年マガジンなどに広告が掲載されていて、切手小僧はみんな申し込んだもんです。

(今でもそのクラブはあります)入会特典で世界の切手が無料でもらえるのが童心を射止めたのです。

無料の切手はブータンの切手がほとんどだった記憶があります。

ブータンは珍しい切手の宝庫です。

立体切手、鋼鉄切手、ホログラム切手などマニア垂涎の特殊な切手が数多く発行されています。興味がある人は是非!

参考:世界の変わった切手たち

僕が夢中になったのは国際文通週間の広重の「東海道五十三次」や北斎の「冨嶽三十六景」のシリーズでした。

美術印刷のレベルの完成度がありました。「蒲原」は絶品です。今でも売らないで保存してありますよ。

相場では全部で軽く50万を超えるかな?。でも絶対に手放さない。思い出だから・・・

参考:国際文通週間

Kazuo Habuka

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